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今日、天候不順、作り手不足等の為に、国産の原料のみでは製品の供給が困難になっております。その為、外国産の原料も使っておりますが、残留農薬検査、食味の検査等を行い全て青森の当社工場で製造しております。これからも心をこめて、安全、安心な製品を作ってまいりますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

手作りの為、生産量に限りがありますので、申し訳ございませんがご理解の程宜しくお願いいたします。

お客様へお願いです。最近ネット上で自社の商品が転売されているのが見受けられます。商品は食品です。賞味期限内であっても、保存の仕方等で、液もれの発生、それにともなう衛生面、安全面の問題等が出てまいります。一度お買い上げの商品はいかなる理由においても転売はなさらないよう強くお願い申し上げます。又、安全の問題上、転売されている商品はお買い上げになりませんようお願い申し上げます。商品に何か不都合がございましても、責任は負いかねます事をご理解の程、お願い申し上げます。




 

いした物語 その1 「初代・石田多作の巻」

初代・石田多作の巻  



時は明治時代。 


(有)いした の始まりとなる石田商店を立ち上げたのが、初代の石田多作です。



石田多作はその当時、現在のいした店舗から少し離れた所にあった民家を作業場にして津軽の食文化である「しそ巻梅漬」の生産を始めました。

その当時は梅漬の他にカマスというものを作っていました。

カマスとは叺と書きます。藁で編んだムシロという布状のものをつなぎ合わせて丈夫な袋を作るのです。

それまではお米や炭を入れるものとしてタワラが作られていました。

その後、大正から昭和にかけて「足踏みで藁を編む機械」つまりムシロを編む機械が地元に普及しカマスの材料が手に入るようになったのです。

主に農家の方々がこのムシロを編んでいましたので、石田商店はこのムシロを買って集め作業場にてムシロをつくり、問屋に卸していました。

カマス作りは戦後まで続きました。

特に注意が必要だったのはお米を入れる為のカマスを作る場合です。

お米用のカマスは当時、食糧事務所の人が検査に来て一つ一つ調べ、検印を押したそうです。


カマスはワラを編んで作ります。残った切れ端のワラはたい肥として使われていましたので当時の
ワラはほとんど燃やしたり、捨てたりする必要が無かったと言われています。

そんなワラを使ったカマスも次第に便利なビニール袋に変わっていきました。

いしたではその昔、「熟しカキ」というものも作っていましたがそれはまた別の機会にご紹介いたします。



     


「はじめましていしたです」 もぜひご覧ください


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